偉人たちの勝負飯

ずーっと昔の偉人の勝負飯に興味はありませんか?
徳川家康は「鯛の天ぷらが好きで、食べ過ぎて死んだ」などの話は聞くことはありますが、偉人の食に関して興味はあっても調べるのは難しそうですよね。
 
それで、探した結果が、歴史的には近い明治維新の頃のこと、いまだ存在している店からまとめました。面白いのでご紹介しますが、「勝負飯」かどうかは読んで判断してください。
 
 

山岡鉄舟とアンパン

 
明治維新に力を尽くした重要人物。西郷隆盛と勝海舟の江戸城の無血開城会談の立役者と言われています。
 
鉄舟の好きだったのが銀座木村屋のあんぱんとのこと。売り出したばかりのあんぱんが気に入って、花見の際に明治天皇に献上したとか。以後木村屋は、皇室御用達になりあんぱんも爆発的に売れに売れたらしいのです。
 
この出会いの日が4月4日で、「あんぱんの日」になって残っているとか。木村屋さんにとっての「勝負飯ならぬ勝負パン」ということでしょうか?
 
 

西郷隆盛・勝海舟と鮨

その江戸城明渡しの会談中、なんと途中で「鮨の出前」を取ったらしい。それはいくら偉人でも「腹が減っては戦・話し合いはできぬ」だったのでしょう。
 
新富町の蛇の目鮨がその店で、西郷さんは巻物を食べたとか。ぎりぎりの折衝中の巻物鮨、これこそまさに「勝負飯」です、ね。
 
 

山県有朋と洋食

 
倒幕のために働き、後に内閣総理大臣になった山県有朋の、お抱え料理人が小島種三郎さん。そして彼が人形町に開店したのが、洋食屋の老舗・小春軒です。
 
想像してみると、この店の名物「カツ丼」と「特製盛り合わせライス」は、有朋が何か大事な局面の際に食べたことがあったかも…。
 
 

岩倉具視・三条実美とハヤシライス

明治維新の大きなバックアップ・貢献者の二人、彼らが支援して築地に精養軒が誕生しました。その支店が上野精養軒ですから、この店の名物料理・ハヤシライスも二人で味わったのでしょうか。
 
日本の洋食の草分け的存在ですが、築地店は関東大震災で消失しています。
 
 

大隈重信とそば

幕末の志士として、明治後は政治家・教育者として功績を残し、早稲田大学の創立者としても有名。早稲田の蕎麦屋・三朝庵は、店名を自ら発案したとされています。
 
卵とじかつ丼やカレー南蛮の発祥の店として知られていますが、この蕎麦屋の何がお好みだったかは分りません。
 
 

徳川慶喜と家茂と虎屋

最後の将軍・徳川慶喜が、好きだったと言われている「とらやの和菓子」。その前の将軍・家茂もとらやが贔屓で、孝明天皇に贈り物にまでしたのが羊羹「夜の梅」なのだそうです。
 
大事な人には、自分の大好物を贈りますから、妻の和子内親王の兄への「夜の梅」も、勝負に掛けた味かもしれませんね。
 
 
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りょーちゃん

ライター紹介:りょーちゃん

美味しいものが大好き!美味しそうな匂いがするところには迷わず入っていきます。たいして大食いでもないのに、「今日は食べられる!」と意気込み、大食いチャレンジは必ず参加するチャレンジャーです。
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